About the work

『Pure Core』

ダンスは毒であり、薬である。

ある時には排除され、またある時には無理にでも飲み込まされる。

頭が重く、考えることについて考える時間が高速で過ぎている。錠剤を2錠手に取り、ウーロン茶で流し込む。胃の粘膜を通して、脳がむりやり解きほぐされる。頭の中で、数を数える声が止み、静かな狂気が訪れる。深層からこみ上げる自己破壊の衝動は、外部に霧散する事なく、身体そのものを巻き込みながら、らせん状に虚の領域へと崩落していく。

症状的で異質(alien)な身体へと向けられた眼差しは、常に我々自身による他者への恐れ、欲望、そして執着を内包し、それらを通さずに身体というものを網膜に捉えることはできない。そこに映る疎外された(alienated)姿は、空虚な中心点を巡るように何度も回帰し、踏みとどまり、傷として跡を残す。振り払うことのできない欲動に突き動かされ、私は薬を飲み、ゆっくりとしたリズムに身体を揺らされながら溶けてゆく。

この作品で我々は、不安の中で重なり合う20世紀初頭と現代の踊る身体を接続し、自身と似たものでありながら異質な他者を塑像する。舞踊史、精神医療、そして近代規範の社会史を参照し重ね合わせることで「表現(ex-pression)」という言葉を捉え直し、再起動させようという動きの中で思い知るのは、自身の内部には外部へ投影する中心などないという事だ。むしろこの肉体は、それを眼差さす視線を反転した形で映し出すスクリーンであり、メディアとして機能する剥き出しの生なのだから。